◇  はじめに  ◇

  私はハーバード大学からの寄付金をどっさりと無駄遣いしたことがある。なんと六百万ドルもの大金だ。それでも周囲の仲間は拍手してくれた。事情はこうだ。

  一九八三年、スピネーカー・ソフトウェア社(Spinnaker Software)は、史上最高額の出資を受けたソフトウェアベンチャーとして、世に出た。七百万を超えるベンチャー資金を得て(そのうちの六百万が先述のハーバードからの寄付金というわけだ)、スピネーカーは、ある完璧なジャンルに投資することにした。即ち、こども向けの教育を目的としたコンピュータゲーム。

  スピネーカー社の数少ないブランドマネジャーの一人としての私(当時まだ二十三歳という青臭い年齢であったが)の仕事は新製品の広告宣伝に数百万ドルもの予算をたっぷりと使うことであった。驚くべきことに、この小さな生まれたばかりのベンチャーは、一九八四年における広告費で米国内ベスト二百の中にランクインしていた。

  数百万ドルという広告費で武装した私はピープル誌をはじめとするあまたの雑誌に広告を打った。私たちの間で話題になっていたのは、いかにすればテレビで話題にしてもらえるかであり、夢はUSオープンに招待されたり、「冠」スポンサーとして、有名なイベントに参加することだった。

  その結果、良い知らせは、広告のおかげで流通経路を得たことだ。
ラジオ・シャック(Radio Shack)、レクミアー(Lechmere)、ターゲット(Target)、Kマート(Kmart)で取り扱ってもらえることになった。一年のうちに、われわれは、業界リーダーとなっていた。

  一方、悪い知らせもある。打った広告が実際に効果を発揮しているのかどうかまるでわからないことであった。 数百万ドルものお金は、たしかに、しゃれた車を買ったり、ライバル社をふるえあがらせたりすることはできた。しかし、それ以上の効果が本当にあったのか、はなはだ心許なかった。

  私たちは、奮闘した。結果、六十もの製品と、他では得がたい経験が残った。その後、私は本の出版ビジネスに移った。奮闘した。大忙しの毎日だった。しかし、使った莫大なお金は伝統的な広告手法に対してであり、効果は得られなかった。

  大企業はオリンピックのような一大イベントをカバーするネットワークテレビに自社製品の広告を載せるために数百万ドルを使っている。確固としたブランドネームを持った出版社は自社の本をどんなひとが買ってくれているのかまるで知らないし、新刊が出るたびに毎回毎回一からプロモーションを打つ。巨大コングロマリット(複合企業)出版社は年間数百冊もの本を上梓するが、自社の得意客である忠実な読者を育てたり、ブランドネームを確立する努力をしたり、新刊出版の効果を計測できる手法を考える、ということはしていない。

  私がスピネーカー社で疑問に思っていたことは事実だったのである。
広告というものは、ほとんど役に立たないのだ。広告効果を測定したり、テストしたりすることは簡単ではない。予測できない。なのに、高くつく。

  この六年間、私は企業がいかに広告を利用するのかをじっくりと研究してきた。
また、打った広告の効果がどれだけあるのかを実務家の目で見守ってきた。
エキサイト(訳注 Exciteインターネットの検索サイト)が人気テレビ番組「ザインフェルド」に前例のない百万ドル単位の広告キャンペーンを打つのを面白く観察してきた。
同時に、本当に素晴らしい製品がまずいプロモーションのおかげで市場から消えていくのを絶望的な気持ちで観察してきた。

  一九九〇年、プロディジー社(Prodigyそのうち『伝説の』という言葉が頭につくようになるだろう)が私と私の同僚を雇い入れた。当時生まれたばかりのオンラインサービスのプロモーションを策定するためである。プロディジーは二つの深刻な問題をかかえていた。一つは新規顧客を獲得するのに数百ドルのコストがかかるにもかかわらず、平均的な顧客はほんの数ヶ月で会員をやめてしまうことであった。二つめの問題はすべての顧客に一律の料金を設定していたが、多くの会員は平均以上利用するため、最もよく利用する顧客にかかるコストが採算割れしてしまうことであった。

  この困った事態への対処としてわれわれが打ったプロモーションが「ガッツ」(Guts (r))である。「ガッツ」は、オンラインでのプロモーションとしては最も初期のものの一つだが(ワールド・ワイド・ウェブより四年以上も前の話だ)同時に、十年たった現在でもなお、最も大規模なプロモーションの一つである(いまも続いている)。

  300万人以上が「ガッツ」に参加した。「ガッツ」からプロディジーの会員になったひとは、「ガッツ」以前に比較して半分以上もやめずに残った。驚くべきことであるが、毎週水曜日に打たれる新しいプロモーションの手応えがわかるのである。なぜなら、そのあとにはプロディジーの新規会員数が増えているからだ。

  われわれは偶然、重要な秘訣を学んだ。まるでリスが好物のどんぐりにつまずいてから初めて気がついたようなものだった。この成功の秘訣をわれわれはAOL(アメリカ・オンライン)、デルフィ、eワールド(アップル社)、マイクロソフト、コンピュサーブなどのプロモーションに応用してみた。動きの速い現実という生きた実験室の中でテストすることができたわけで、私はラッキーだった。

  オンラインサービス一つ一つに打ったプロモーションがすべて目論見通りに当たった。
プロモーション本来の効き目を発揮し、混乱を整理することができた。

  数年前、私は会社を起業した。それまでに蓄積したテクニックを活用してもっともっと有効な広告プロモーションを打つことを目的としていた。

  仕事をしているうちに、私は世の広告担当者たちが味わっている苦労をはっきりと理解することができた。私は「何か他社と違う点を顧客にわかってもらい、それを大いに販売成果に結びつけ、利益で結果を出す」という、いわゆる伝統的な広告手法に対してたっぷりとお金を使った。この、長く、しんどい戦いの中でわれわれはパーミション・マーケティングのアイデアを磨いていったのだった。

  本書で私は、あなたが持っている、マーケティングと広告はかくあるべし、という先入観に対して挑戦をしてみたい。そして、現代のこのネットワーク時代でいかに効果を出すか、ということを、一緒に考えていきたいと思っている。コンセプトはきわめてシンプル、かつ明白なものだ。

  ヨーヨーダイン社(Yoyodyneインターネットにおけるダイレクトマーケティングのリーディングカンパニーだ)の私の同僚はパーミション・マーケティングを国内有名ブランドに対して徹底的に使ってきた。

  何百もの会議でスピーチを重ね、めざましい販売増に貢献した。保身に熱心なマーケティング担当者たちからは軽蔑されたりした。彼らは自分の広告予算よりもたくさんの給料をもらっているにもかかわらず、われわれのような新しいことへのチャレンジは一切しないのであった。パーミション・マーケティング成功事例としてはジャバ(Java)、ショックウェーブ(Shockwave)、マイクロソフト・ネットワーク(MSN)、そしてウェブをテレビに転換するための数十億ドルのプロジェクトがある。

  テクノロジーは広告アプローチを変えた。ダイレクトマーケティング協会はもはやインターネットを無視することはできない。事実、協会の会議はすべてインターネット一色になっている。電子メールは生活の一部だ。全米マネジメント協会によればビジネス・エグゼクティブの半分以上が電子メールを仕事に活用している。

  ニューヨークにいるカトリックの司教がこう言ったそうだ。「もしイエスが現代にいて地球の上を歩き回っているとすれば、彼はきっと電子メールアドレスを持っているに違いないと確信しています」

  インターネットが世界の何もかもを変えてしまうと信じるあなたであれば、きっとすぐにこの本のことを気に入ってもらえると思う。五00年前新世界征服をもくろんだ封建君主は自らが脱皮できなかった古いルールがもはや有効ではないことに気がついたとき滅んだ。新世界の発見が、皮肉なことに、彼ら自身の崩壊をもたらしたのである。新しい世界は古い世界から輝きを奪った。谷に大きく響くこだまのように、古い世界はその役割を終えたのだ。ヨーロッパが自分の威光を高めるためにアメリカの開拓に使ったお金のおかげで、アメリカのいまの輝きがある。そして、ヨーロッパは輝きを失った。

  インターネットは世のすべてを変える前に、マーケティングを変えつつある。
古いマーケティングのパラダイムは死にゆくのみだ。インターネットの爆発的成長に投資したマーケティング担当者たちは痛い目にあっている。彼らの仕掛けたさまざまなインターネット上の試みは生活者の目を開かせたが、しかし、その同じ生活者が古いルールをもはや必要としていないことに気づいてしまった。

  あなたがインターネットが世界を変えてしまうなんてとんでもないとお考えであったとしても、この本は役に立つと思う。結局のところ、あなたは正しいかもしれない。しかし、だからといって、現代の、混乱を極めた市場で伝統的なマーケティングが殆ど役に立たなくなっている事実には変わりない。では、どうしたらいいのか。本書の事例が語っているように、パーミション・マーケティングは大企業にも、規模の小さい企業にもきっと効果的である。

  インターネットであろうとなかろうと、生活者向けであろうと法人向けであろうと、すべてのビジネスの役に立つ。そう、確信している。

  結局のところ、世の中には二つしか、企業はない。勇気ある企業と、すでに棺桶に片足突っ込んでいる企業と。この本の読者の皆さんが前者となることを望むものである。是非、感想を、送って戴きたい。

セス・ゴーディン
サンタ・クララ  カリフォルニア州

追記

  本書の出版プロジェクトの真っ最中に、わがヨーヨーダイン社は世界最大のインターネットサイトを運営しているヤフー社からの資本参加の提案を受け入れることにした。我々が長い年月をかけて開発し、磨き上げてきたパーミション・マーケティング理論(この本で披露しているものだ)についてさらに大きな世界で実践する機会を与えられたわけである。

  パーミション・マーケティングのその後の展開についての最新情報についてお知りになりたいかたは Seth@permission.com までメールを戴きたい。



PermissionMarketing TOP
(c)1999 Shoeisha Co.,Ltd