日本、そして欧米のマネージャーは例外なく、経営トップが「何よりも重要な資産、それは人材で
ある」と語るのを耳にしたことがあるだろう。大多数の人々が、それが建前にすぎず、会社の実態と はかけ離れたものであることを知っている。しかし、トップがこの言葉を額面どおりに受け止めてい
たらどうだろうか。すべての社員の資質やスキルを、実際に大きく花開かせていたらどうだろうか。 多くの企業は、わが社の使命 ミッション・ステートメント
、価値観 バ リ ュ ー 、経営原則などを定めている。それらもやはり、日々の経営実 態とはかけ離れていることが多い。だが、経営トップがそれらを真摯にとらえ、社員の処遇や業務の
優先順位付けに生かしていたらどうだろうか。 本書で紹介する企業は、上記をまさに実践している。すなわち、人材こそが何よりも重要な資産で
あると信じているのである。価値観や経営原則を、単なる外向けのメッセージとしてではなく、事業 10 を築き導いていくための指針としてとらえている。先行者利益、低コスト、技術力、イノベーション
力などではなく、よりシンプルでかつ模倣されにくい優位性を築こうとしている――そう、すべての 社員の資質やスキルを大きく花開かせる力である。これら企業は文字通り、「平凡な社員」から卓越し
た成果を引き出しているのである。その秘訣は、自社の価値観――人材を引き付け、高いモチベーシ ョンと熱意を引き出すことのできる価値観に忠実に従うことにある。その結果、多くの企業とは異な
って、組織やリーダーへのコミットメント(献身)を引き出している。 二〇年前、アメリカの経営者たちは「日本的な経営手法」に魅せられた。終身雇用、最前線社員の
意見にもとづいた業績改善、品質の重視などから学ぼうとしたのである。だが今日では、日本経済が 困難に直面していることから、日本企業への関心も薄れているようである。反対に、日本の経営者が
アメリカ流の経営慣行に学ぶ必要性を痛感しているのではないだろうか。合理化 ダウンサイジング を進め、社員を「過 保護」にするのをやめ、CEO(最高経営責任者)を英雄として称え、社員とはドライな関係を保つべき
だと考えているのではないだろうか。日本的な経営、あるいはアメリカ的な経営のいずれかから学ぶ というのは、、私たちから見ると誤った考え方である。
私たちが紹介する企業はアメリカ企業であるにもかかわらず、極めて「日本的」な面を持ち合わせ ている。事業について、あるいは社員について、長期的な視野から発想している。人材を公平に処遇
し、長く働いてもらいたいと考えている。共同体 コミュニティ や家庭のような職場を生み出しているのである。多 くの企業が取り入れ、望ましいと見なしている経営手法、すなわち契約を前面に出して社員との関係
を築くという手法とは、大きく異なった道を歩んでいる。これから紹介する企業は、従来の日本的経 営慣行のエッセンスを取り入れ、なおかつアメリカ流の――しかし大多数のアメリカ企業には理解さ
11 日本語版の刊行によせて れていない――奥深い経営を実践している。いわば日本的経営とアメリカ的経営をブレンドしている のである。こうした工夫をすることで、過酷な市場環境のもとで生き延び、ライバル企業からの挑戦
にも打ち勝ってきたのである。 本書は、大多数の経営書とは趣を異にし、「成功への秘訣」をいくつかの簡単なステップにまとめ て伝授する、といった試みは取り入れていない。経験豊かな経営者やマネージャーなら知っているは
ずである――自分たちが直面する複雑な問題に、シンプルな答えなどありはしないということを。そ こで私たちは、輝かしい業績を上げてきた企業を取り上げ、すべての社員の資質を十二分に生かし、
それによって激しい競争に勝ち抜いている様子を詳しく紹介することにした。読み進めていただくと 分かるように、これらの企業は事業の内容こそ大きく異なっているが、持てる人材を生かしきること
で他社に打ち勝っている点では驚くほど似通っている。各社のストーリーを追いながら、ぜひ私たち が投げかける「ミステリー」を解いていただきたい。各社がいかにして会社のゴールと社員の利益を
一致させているかを、ぜひご自身で見極めていただきたい。最終の第十章で、私たちの考え方も紹介 するが、重要なのは皆さんが自ら各社の成功の秘訣を学び取ることである。
真の競争優位とは、優れた戦略よりもむしろ、優れた実行力によってもたらされる。頭で理解した からといって、その内容を実行できるとは限らない。知識を持っていることで給料を得られるのは、
大学の教員くらいのものである。経営者やマネージャーは、実行力を発揮しなければ報酬を得ること ができない。したがって、企業が高業績を上げられるかどうかは、優れた戦略を考案できるかどうか
だけでなく、それを実行できるかどうかにかかっている。そして高い実行力を発揮するためには、 すヽ べヽ てヽ のヽ 社員の資質を生かしきることが求められる。私たちは、本書がそのために――すべての社員か
12 ら卓越した成果を引き出すために――役立つことを願っている。 最後になったが、日本語版の発行元である株式会社翔泳社の尽力によって、また優れた翻訳をとお
して、日本の読者の皆さんに私たちの考えを知っていただける機会が得られたことに感謝したい。本 書が皆さんの力になることを願ってやまない。 |